白血病岡村孝子一時退院!経歴は?元旦那は石井で離婚原因は?娘さんは今?

 

1982年頃、突如音楽界に現れ「まつわ」の楽曲で「ミリオンセラー」を記録し、当時では
珍しかった女性二人組デュオ「あみん」で活躍されていた「岡村孝子」さんが「白血病」で
入院している病院先から「一時帰宅」が許され、その思いを自身の公式インスタグラムで公開し
話題になっています。

 

引用元【インスタグラム(okamuratakako_official)】

 

岡村孝子さんは大学生時代に同級生であった「加藤晴子」さんと1982年に女性デュオ
「あみん」を結成し、自身ら初の「レコードデビュー」を飾った楽曲「まつわ」が大ヒット!

その後二人の歌手としての「考え方」や「人生観」の違いから「あみん」を休止。

岡村孝子さんは単独(ソロ)で活動を開始し、1987年に自身が作詞・作曲を務めた楽曲
「夢をあきらめないで」が同時の「応援ソング」として大ヒット!

プライベートでは元プロ野球読売ジャイアンツの選手だった「石井浩郎」氏と結婚し「長女」に
恵まれるものの2003年に「6年間」の結婚生活にピリオド(離婚)しました。

その後も「熱狂的ファン」の支えもあり「ソロ活動」を続け、エッセイ「Happyをさがして」を
発刊し「執筆活動」なども熟したり、自身の憧れであった男性シンガーソングライターの
「さだまさし」氏と共演し、さらにコラボレートして楽曲を手がけたりして「順風満帆」な
人生を歩んでおりました。

しかし2019年4月に体調不調のため病院で検査したところ「急性白血病」と診断が下り
止む無く長期休養を取り「闘病生活」を送っていましたがこの度、一時帰宅(退院)が許され
それをご自身のインスタグラムで公表し「今の気持ち」を伝えたようです。

 

引用元【インスタグラム(okamuratakako_official)】

 

その内容は↓↓↓

みなさん、お元気ですか?大変ご無沙汰しています。岡村孝子です。美味しいものを食べたり、散歩したり一時退院中です。ひと山、ふた山乗り越えてやっと今日までたどり着きました。まだまだ、乗り越えなければいけないことがたくさんありますが・・・。 久しぶりにお家に戻って、リスナーのみなさんから頂いたお便りやメッセージ、やっと目を通すことができました。ありがとね・・・。どんな時も、一人きりじゃない・・・そんなあたたかい気持ちが崩れそうな私を支えてくれています。頑張らねば・・・
引用元【インスタグラム(okamuratakako_official)】

 

とても「文字」に力が満ちているように感じられ「体調」も良さそうな雰囲気が伝わる
コメントが書かれています。

ただ「乗り越えなければいけないことがたくさんありますが」と更なる治療が待ち構えて?
いることも説明され、やはり「白血病」は一筋縄では行かない病気であることも明かして
いますね!

最近では女子水泳界の「池江璃花子」選手も突然の「白血病発覚」によって闘病生活が
余儀なくされていますが、同じように岡村孝子さんも頑張っていらっしゃるようです。

 

引用元【ツイッター(池江 璃花子)】

 

取りあえずは一時退院できるまで順調に「回復」しているようなので一安心です♪

そんな岡村孝子さんについて少し調べてみました。

 

 

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◇ 岡村孝子さんの経歴は?

 

岡村孝子さんは愛知県岡崎市出身の57歳(2019年)です。

岡崎市の「西本郷町」で生まれ育ち、学生時代は全て(小中高)地元の学校に通われておりました。

その後、岡山県立岡崎北高等学校を卒業したものの1年間「浪人」し愛知県名古屋市にある
「椙山女学園大学」に進学し同級生だった「加藤晴子」さんと「運命的出会い」を果たします。

元々「作詞・作曲」好きだった岡村孝子さんが「加藤晴子」さんに自作の楽曲を聞かせたところ
気に入ってくれたそうで、そこから二人の「音楽人生」がスタートしたようです。

 

 

「女性デュオ」を結成することになったのは良かったもののグループ名が決まらずに悩んで
いたところ、岡村孝子さんがファンだった「さだまさし」が手がけたアルバム「夢供養」を
良く聞いていたのか?は分かりませんが、その中に収められていた楽曲の中でも特に特徴的で
長い題名の「パンプキン・パイとシナモン・ティー」の印象を強く思っていたのか?楽曲内で
登場する喫茶店のマスターの店名「安眠」を思い出し、それを名付けたと言われています。

 

引用元【ツイッター(さだまさし(StaffOfficial))】

 

その後大学に通いながら岡村孝子さんが作詞・作曲を手がけた「待つわ」で第23回ヤマハ
ポピュラーソングコンテストに出場し、見事グランプリを獲得しました。

その勢いのまま女性デュオ「あみん」は「待つわ」でレコードデビューをし、音楽番組や
ラジオ、音楽店でのPR活動によって120万枚を超える「ミリオンヒット」を果たしました。

この1曲だけで当時大人気音楽番組であったTBS系列の番組「ザ・ベストテン」で
12週に渡りランキングトップ10入りを果たし、その内4週は第1に輝き、更にNHK年末
恒例の冠番組「紅白歌合戦」への初出場も果たします。

しかしデビュー曲から突然の大ヒットでの多忙、さらにレコード会社の意向と本人達との
音楽制作に対する考え方の違いから、相方「加藤」さんの方が活動休止を考え始め「学業
優先と自身は芸能人として相応しくない」との理由から「あみん」から抜けることを
決断したそうです。

そして1983年に地元愛知県での「勤労会館コンサート」を最後に年内を持って活動を
休止することになりました。

その後「加藤」さんとの仲が悪くなったのか?どうか?は分かりませんが通っていた
「椙山女学園大学」を卒業することなく中退し、実家で「花嫁修業」を行っていたそうです。

実は岡村孝子さんの実家は当時、今は亡き御父上が地元でタクシー会社の「社長」として活躍し
さらに昭和42年に岡崎市の市議会議員に初挑戦し、見事当選を果たし8期に渡って
政治家として活動していたそうです。

なのでご自宅も比較的「裕福」であったと思われることから「お嬢さん」的立場で育ったと
考えられますし、御父上の事が大好きだった「娘さん」であったような気がします。

後に亡き父へ捧げる曲として「forever」を作り、父上を忘れない様に・・との思いを
語っています。

しかし「あみん」を休止した後も「音楽関係者」が黙っているわけもなく「ソロ活動」を
行うよう呼び掛ける音楽関係者の声に乗って上京し、ソニーミュージックのレーベル
「アリオラジャパン」からソロシンガーとしてデビューを果たします。

元々音楽センスは抜群であったことから、ソロデビュー後直ぐに「才能」は開花し、車会社の
CM音楽にタイアップされた楽曲で「ソロ岡村孝子」の存在を大きく巷に広げていました。

そしてソロデビューから2年後の1987年に自身が手がけた楽曲「夢をあきらめないで」が
爆発的ヒットを記録し、歌手として「あみん」以来の注目を集めます。

 

 

この楽曲は「応援ソング」的要素が多かった曲のため「各年代」から支持され、更にCMの
タイアップソングに選ばれたり、映画の主題歌に使われたり、今では中学校の音楽教科書に
採用されたりしています。

そんな音楽人生を順調に歩んでいたのですが2019年4月に体調不調により検査したところ
「急性白血病」であることが分かり闘病生活が余儀なくされ今に至っています。

 

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◇ 岡村孝子さん元旦那との離婚原因は?

 

岡村孝子さん1997年に元プロ野球選手の石井浩郎氏(読売ジャイアンツ)と結婚されています。

 

引用元【インスタグラム(#石井浩郎)】

 

しかも同年9月に「長女」を授かっています。

なので同年(1997年)に「結婚と出産」が同時であったことから「出来ちゃった婚」では?と
当時「噂」されていました。

あるいは当時、結婚はしたものの「挙式」を挙げていなかったことから「妊娠」していたので
「結婚式」を挙げれなかった・・・等とも伝えられていたものです。

「真相」は分かりませんが?娘さんは順調に生まれ育っているそうです。

しかし2003年の娘さんが「4歳」の時、離婚をしています。

原因は様々伝えられていましたが、岡村孝子さんが亡き御父上から引き継いだ「介護施設」の
経営が失敗し15億円の借金を負担しなければならなくなったから・・・

あるいは、石井浩郎氏に元から「暴力癖」があり岡村孝子さんに対し「DV」を行っていた
可能性が高いから・・・その根拠として岡村孝子さんと別れてから再婚したそうですが、
その女性とは長く結婚生活が続かず僅か1年で離婚したそうです。その原因で疑われたのが
石井氏による「DV」らしく、岡村孝子さんとの結婚生活中にも行った可能性がある!と
伝えられたことで「DV説」が浮上したそうです。

ただ、、岡村孝子さんの御父上の話に限れば「県議会議員」は勤めていましたが「介護施設」を
経営していた、あるいは手を貸していた等の実態はなく信じがたい情報です。

さらに石井浩郎氏の「DV」説ですが、もしDVが原因なら一般的に「静かに離婚」が
成立する訳がありません。

普通なら警察沙汰になり、ましてや両名共に世間から認知されている有名人なのですから
「こと静かに収まる」話ではないはずです。

さらに石井氏は「秋田県」出身ですが、私も秋田の人間として言わせて頂ければ秋田県の
「県民性」は女性に暴力を振るうような気質のある人間は「ごく稀」です。

雪国で育った人間は「穏やかで」「我慢強い」気持ちと力を持っています。

まして石井氏の場合、プロ野球で活躍するくらいの力を持った人物なので、他人に
手を出したら一大事になるはずです。

なので「DV説」もあり得ないと思うので真相は「夫婦のみ知る?」てところでしょう。

 

 

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◇ 岡村孝子さんの娘さんは今いずこ?

 

岡村孝子さんには1997年9月に授かった「長女」がおります。

当時は「ベールに包まれて」いて、その子に関し情報が無かったのですが、今では名前も
判明しており「沙樹(さき)」ちゃんと言うそうです。

現在2019年ですから20代の立派な大人の女性となっているに違いありませんよね!

元旦那「石井浩郎」氏と別れる際に岡村孝子さんが「親権」を持ったそうなのでフルネームは
「岡村 沙樹」さんと呼ばれているのでしょうか?

「母子家庭」で育ったのできっと大変な事もたくさんあったと思いますが、岡村孝子さんの
強い「愛」によって立派な二十歳の女性になっていると思います。

その証拠にこのような「インスタ」を発見しました↓↓↓

 

引用元【インスタグラム(okamuratakako_official)】

 

そこに書かれたコメントには↓↓↓

昨日は成人式でした。娘が産まれてから、この日を ひとつの目標として頑張ってきたような・・・。うるうる。今日から、次の目標に向かって頑張ろう!
引用元【インスタグラム(okamuratakako_official)

 

娘さんは「恥ずかしがって」でしょうか?後ろ姿で写真に登場しお母上(孝子さん)が
振り向かせようとしているような?様子を見せていますよね♪

きっと「晴れの舞台」を写真に収めたかったのでしょうか・・・まさに「親心:ですよね!!

コメントには娘さんが二十歳を向かるまで「頑張る覚悟を持って」今まで音楽人生を歩んで
来たことを示す文が書かれていて・・・涙ものです・・・!!

やはり女性は男性より女性の母の方に母性本能があり好むのでしょうね!!

母一人・子一人で今後も頑張って行って欲しいです。

取りあえずはお母上の「看病」に頑張って勤めて頂きたいところです!

応援しております♪♪

 

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◇ 最後に

 

今回の岡村孝子さんの病に対し、素敵な「応援コメント」&「励まし」のコメントを
見つけましたので、そちらをご紹介して終わりとさせて頂きます。

 

引用元【ツイッター(牛窪万里子 フリーアナウンサー)】

 

引用元【ツイッター(びーちゃん【ぷちょへんざ↑】)】

 

■ 岡村孝子プロフィール

本名
岡村孝子
読み
おかむら たかこ
生年月日
1962年1月29日
仕事
シンガーソングライター
出身地
愛知県岡崎市
所属事務所
Cotton
血液型
O型

 

 

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