絵本作家 谷内こうた氏 脳出血で死去!週刊新潮の表紙絵など担当!画家!

 

「穏やか」で「繊細」なタッチで描く油絵が人気であった画家で絵本作家の「谷内こうた」氏が
2019年7月2日に自宅があるフランスの「ルアーン病院」で「脳出血」のために
お亡くなりになられたことが分かり話題になっています。


引用元【ブログ(秋山雅子の朗読&音楽サロン)】

 

葬儀は妻の富代(とみよ)さんが喪主を務め、告別氏などは同年月12日に「近親者」のみで
営まれたそうです。

享年「71歳」でした。

今後は「お別れ会」や「偲ぶ会」などは執り行われないと伝えられております。

谷内こうた氏は1947年、東京「生まれ」神奈川県川崎市「出身」で絵本作家への道を
選んだのは叔父「谷内六郎」氏の影響が大きかったそうで、学歴は「多摩美術大学油絵科」へと
進んだそうですが途中で「中退」しています。

1971年頃から「画家」としての活動拠点を「ヨーロッパ」に移し、主に「油絵」を
制作していたそうです。

輝かしい功績としては↓↓↓

・1971年に絵本「なつのあさ」でボローニャ国際見童図書展「グラフィック賞」受賞
・1972年、ボローニャ国際展で「エルバ賞」受賞
・1979年に絵本「のらいぬ」でプラチスラバ世界絵本原画展「金のりんご賞」受賞
・1981年に絵本「つきとあそぽう」でプラチスラ世界絵本原画展「金のりんご賞」受賞
・1983年に絵本「かぜのでんしゃ」で講談社出版文化賞「絵本賞」受賞
・1998年に絵本「にちようび」でスイス「エスパースアンファン賞」受賞

 

1992年頃からは今ではお馴染みになった週刊誌「週刊新潮」の表紙絵を担当していました。

1978年には日本に戻り地元「神奈川県秦野市」にしばらく移り住んで「絵本」の制作を
メインに取り組んでいたそうです。

1983年からは、また「フランス」に戻り「油絵」を主体に制作し、画廊や個展を開催し
「油彩」ファンを楽しませていたそうです。

1997年には日本テレビ系列で放送されていた番組「美の世界」で取り上げられていました。

2000年後以降は、東京大手百貨店で「個展」を開催したり、地方のアートギャラリー展を
主催していたそうです。

そして2019年7月に自宅があるフランスの病院で「絵本作家」人生にピリオドを打ち、
「永遠の旅」へと旅立ちました。

 

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◇ 谷内こうた氏の主な作品

 

 

◇ なつの あさ (至光社国際版絵本)

 

◇ ぼくたちの やま (至光社国際版絵本)

 

◇ きょうも天気

 

◇ ほしがながれてクリスマス (至光社国際版絵本)

 

◇ とおいとおいおか (国際版絵本)

 

◇ にちようび (至光社国際版絵本)

 

◇ もりの おんがく (講談社の創作絵本)

 

◇ ぼくとマリオネット (至光社国際版絵本)

 

◇ どんなみち (国際版絵本)

 

◇ のらいぬ (至光社国際版絵本)

 

◇ つきとあそぼう (至光社国際版絵本)

 

◇ あのおとなんだ (至光社ブッククラブ 国際版絵本)

 

◇ きみはなぜ生きているのか?

 

◇ まるごと ちひろ美術館 (まるごとシリーズ)

 

 

 

■ 谷内こうたプロフィール

本名
谷内 鋼太
読み
たにうち こうた
生年月日
1974年
仕事
元画家、絵本作家
出身地
神奈川県川崎市
所属事務所
—.
血液型
—型

 

 

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