グラフィックデザイナー勝井三雄氏 膵がんで死去!息子は勝井北斗氏!

 

2020年に開催される「東京オリンピック」を目の前にし、1964年に開催された
東京オリンピックで「デザインマニュアル」等の制作に尽力されたグラフィックデザイナーの
「勝井三雄」氏が「膵がん」のため2019年8月12に自宅にて他界したことが分かりました。

享年87歳。

 

引用元【ツイッター(毎日新聞東京学芸部@「カルチャープラス」始めます)】

 

葬式は妻の沙子(すなこ)さんが喪主を務め「近親者」で告別式等を既に行ったそうです。

勝井三雄氏は「戦後生まれのグラフィックデザイナー」として有名で現在の「筑波大学」を
ご卒業なされたデザイナーでした。

元々「教育学部芸術科」をご卒業なされていたので自作よりも他人に指導する「先生」としての
ご活躍も多数なされており、日本のグラフィックデザイナー育成にも尽力された人物です。

1961年頃からは自身で「デザイン事務所」を立ち上げ「フリー」としてご活躍されました。

特に「シンボルマーク」等のデザインを得意とし、東京オリンピック並びに大阪で開催された
「花の万博」では公式ポスターなども手がけ「彩色豊かな個性溢れるデザイン」で大会の
成功にご尽力されておられました。

また「デザイナーの教育」にもご熱心で、東京教育大学では「非常勤」ながら講師を務め、
更に1966年頃には東京造形大学で「助教授」を勤めていたそうです。

1987年には武蔵野美術大学「客員教授」を務め、後に「教授」としてご活動され数年後には
その努力と名誉が認められ「名誉教授」として同学校でご活躍されました。

その後は、日本グラフィックを代表する「グラフィックデザイナー協会」の会長として
更なる日本のデザイン業界の発展に貢献されておりました。

この度「膵がん」でお亡くなりになられたとの事ですが以前から病を患っていたのでしょうか?

病気に関して詳しい情報が伝えられていないので生前の状況が把握できませんが「膵臓」等は
「沈黙の臓器」とも略される程、病気の進行が見つかり難い「不治の病」として有名ですが、
勝井三雄氏も「膵がん」が見つかった際、相当ステージが進んでいたと考えられます。

またお亡くなりになれれた場所が「ご自宅」だった事から、病院での治療を終えてご自宅に
ご帰還されていたものと容易に想像がつきます。

なので少なくともご家族・ご親戚・ご近親者の皆様の元で旅立たれたと想像できますので、
その意味では最後を見届ける方が多数居て良かったのではないでしょうか?

後ほど「お別れの会」を行う予定があるそうで、日時などはまだ明らかにされておりませんが、
きっとたくさんのデザイン関係者の皆様のご出席が予想されます。

日本デザイン界の巨匠を失った事は本当に残念なのですが、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

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◇ 勝井三雄氏の息子は勝井北斗氏!

 

勝井三雄氏には息子さんが居るそうで、同じファッションデザイナーでご活躍中の
「勝井北斗」のようです。


引用元【サイト(NAVERまとめ)】

 

現在は九州産業大学芸術学部で「客員教授」としてご活躍なされているようで、御父上と同様
「学生デザイナー」にデザインの勉学を教えているそうです。

特に「空間演出デザイン」を得意としているそうで「キミの芸の術をコーディネートする」を
コンセプトにたくさんの学生のご指導をなされているそうです。

やはり「未来あるデザイナーの発掘」の意味では親父さんの「教育的DNA」を引き継いで
いるのでしょうか?

ご本人の生年月日やご年齢、更にご結婚の未・既婚、あるいは子供の存在など詳しいことが
一切分かっておりませんので、ご本人の詳しいプロフィール等はハッキリしておりません。

 

 

■ 勝井三雄プロフィール

本名
勝井三雄
読み
かつい みつお
生年月日
1931年9月6日
仕事
グラフィックデザイナー
出身地
東京都
所属事務所
勝井三雄デザイン事務所
血液型
?型

 

 

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