井筒親方(逆鉾昭廣)すい臓がんで死去!娘は元タカラジェンヌ福薗清香さん!

 

大相撲横綱「鶴竜」の師匠「井筒親方(逆鉾昭廣氏)」が2019年9月16日に都内の病院で
「すい臓がん」のためお亡くなりになったことが分かりました。

享年58歳の若さでお亡くなりになられました。

 

引用元【ツイッター(ライブドアニュース)】

 

現在、通夜・告別式などの日程は明らかにされておらず、後に相撲協会から正式な発表など
行われるものと思われいます。

追記)告別式は9月25日午前11時から東京都墨田区両国2-2-7 井筒部屋で執り行われる。

井筒親方は2019年に行われた「夏巡・秋巡業」を休場しており秋場所でも「体調不良」で
場所前に本場所を休場することを告げ「都内の病院」に入院しておりました。

その後16日に突然、容体が急変し入院中だった都内の病院で帰らぬ人となってしまいました。

周りの関係者は「あまりにも突然の急死だったのでビックリしています。信じられません」等と
伝えているようですが「沈黙の病」として有名な「すい臓がん」であっても以前からそれなりに
「兆候」はあったはずです。

「病名が分かって直ぐに死去」なんてあり得ない話です。

更に親方は以前から、持病の「糖尿病」あるいは「白内障」、本場所中に力士の体当たりによる
「骨折」などで病院に何度も足を運んでおり、特に「糖尿病」は血液検査を重点に診察される
病なので「腫瘍マーカー」のチェックもなされていたはずです!

なので「突然死=すい臓がん」とはならないはずで、以前から疾患に気づいていたはずです。

もしかしたら「病(余命)」が分かっていた上で相撲協会の仕事に慢心していたのかも?です。

なのでお亡くなりになる直前に、弟子「鶴竜」のケガによる休場は非常に痛かったし、それが
病を悪化させた一つの原因なのかも・・・今になればそんな憶測すら感じてしまいます。

横綱「鶴竜」関は自身の「直弟子」であり唯一横綱まで育て上げた力士なのですから井筒親方
ご自身も「自慢の関取」であったはずです。

それが不幸にも本場所をケガ(左膝内側側副靱帯損傷)で休場し、更に弟子の「不運でのケガ」が
原因で今年度で引退することが発表されたり・・・と「不祥事」が続いたことも親方の生命を
縮めた要因になったことは間違いないでしょう。

本当に日本を代表する伝統スポーツ「相撲」の人気や発展にご尽力された力士として
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

引用元【インスタグラム(marikatu0808)】

 

井筒親方は1961年6月生まれの58歳(2019年)で、ご出身は「鹿児島県」です。

意外にも現在「芸能人お墨付きの高校」で有名な「目黒高校」にご入学されていたそうで、
そこから「大相撲の力士」になることを志していたようです。

しかし理由は分かりませんが同学校を「中退」し、直ぐに相撲道に入るため「井筒部屋」へ
入門したそうです。

稽古真っ盛りの、1978年1月の「初場所」で自身の相撲人生で初となる「初土俵」を
踏んだそうです。

その後は「本場所・巡業や出稽古」を繰り返し行い力をつけ、1981年7月場所で、自身の
兄でもあり同じ鹿児島県出身の「鶴嶺山関」と共に「十両」へと昇格したそうです。

しかし同年の場所で直ぐに「負け越し」を食らい降格(幕下)。

ただこの「負け越し」がご自身の相撲道の良い経験となったそうで、直ぐに勝ち星を増やしだし
「十両」へと復帰しました。

その後1984年7月場所で自身初となる「関脇」に昇格し、「小結」を飛び越えての昇格は
相撲ファンや関係者の「度肝」を抜き、広く話題になっておりました。

しかし「三役」までは進むものの中々「横綱」までは手が届かず「各賞」は獲得するものの
本場所での「優勝」経験が少なく引退後の最高位は「関脇」で終えています。

むしろ本業「相撲」よりも自らの「立ち振る舞い」や「プライベート」での出来事などを
「ネタ」にされるケースが多く、土俵上での「ガッツポーズ」が問題視されたり弟力士の
「寺尾」が負けた際の振る舞いをネタにされたり、更に昔からの因縁の相手「千代の富士」との
「確執問題」等で相撲ファンや関係者から注目を浴びておりました。

ただその甲斐あって「相撲の人気」は低迷することなく日本の伝統スポーツとして世界から
注目される「国技」となって有名スポーツの一つとなって行きます。

平成に入り国内では「花田兄弟」の登場で、更に相撲人気に拍車が掛かり「場所」が始まると
凄まじい相撲人気で国技館は連日「満員御礼」の幕が垂れ下げられておりました。

しかし関脇・逆鉾関は年齢の高齢化と共にドンドン体力が減り、以前「もろ差しの名人」として
相撲巧者の名で相撲ファンを沸かした力士とは思えぬほど衰え、更に下からは「若手力士」が
ドンドン登り詰めて来ていたので「三役」としての立場が危うくなり「負越し」優先の
取り組みが増え始めておりました。

またその姿を伝えるメディアからも散々突かれ?「殊勲賞5回・技能賞4回を獲得した力士とは
思えぬ取り組みだ!」等と叩くマスコミも増えておりました。

さすがに「精神的」にも滅入り、成績も「十両」まで降格したこともあって1992年9月に
現役を引退しました。

現役引退後は「年寄り14代目 春日山」を襲名し井筒部屋の代理親方として所属力士・後輩
力士の練習に力を入れ、後に師匠であった井筒親方の「定年」に伴い、自ら「井筒」の名を
後継し部屋を継承して行くことになりました。

その後は部屋の拡大・更に所属力士の成長や昇進に尽力し、ご存じの通り井筒部屋から「横綱・
鶴竜」関が誕生するまで「大きな発展」を成し遂げております。

さらにご自身も2014年に相撲協会の「副理事」に就任しました。

また2002年から務めている「勝負審判」も継続して行い、その功績から後に「審判長」に
抜擢されました!がこれが痛い目を見ることに・・・?

2016年3月場所で、八日目結びの一番で審判長を行っていた際、横綱「白鵬」が寄り切って
対戦相手の「嘉風関」の負けが確定したにも関わらず、更に押し込んで土俵下へと転落した際
審判していた親方が巻き混まれ「左足骨折」の重症を負わせたのです。

その時に横綱・白鵬が無理やり土俵下に「突け落とした!」として「疑惑」が浮上し、一時期
横綱・白鵬が「悪者呼ばわれ」されて話題になっておりました。

なので井筒親方は「現役当時」からですが、結構「事欠かさない人物」で、時折様々なネタを
定評してくれていたので、ある意味本当に日本の相撲界を盛り上げて頂いた人物の一人でした。

本当に相撲協会、並びに相撲ファン達にとって「貴重な人材」を失ってしまったことに
残念でならないことだと思います。

生前のご活躍、本当に感謝申し上げます。

 

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◇ 井筒親方の娘さんは元タカラジェンヌ?

 

実は井筒親方!現役当時から「話題に事欠かさない人物」として有名でしたが、それを物語る
出来事がありました。

それは2012年9月場所での現役引退後「井筒部屋」を後継し自らも「井筒」を改名して
部屋を盛り上げていたのですが、部屋を「継承」する際に放たれたトークで相撲ファン・
関係者・更にメディアの「度肝」を抜いたのです。

なんと!1994年5月、丁度親方が「低迷時期」に入っていた頃、既にご結婚を果たしており
更に七歳の大きな娘さん(長女)が居たことを公表したのです。

しかも!その娘さん、後に「タカラジェンヌ」になり花組の娘役「天咲千華」の名でご活躍
していたのです。

 

引用元【インスタグラム(chihana.a)】

 

宝塚歌劇団を引退後(2011年)は都内で「ヨガインストラクター」としてご活躍中らしく
「chihana」先生として生徒の皆さんに親しまれているそうです。

私は母親、つまり井筒親方の奥さんは見たことがありませんが娘さん&父親を見る限り、凄く
「美人さん」であることは言うまでもありませんね!

「天咲千華」こと「福薗 清香」さんは宝塚歌劇団を引退後すぐに「ヨガインストラクターの
養成学校」に入学していたらしく、そこで「ヨガ」を勉強し今に至っているようです。

また趣味は「マンガ・アニメ」の鑑賞、「ゲーム」等で「今どきの若い娘さん」的な感じの
女性のようです。

宝塚歌劇団ファンなら誰もが知っている役者さん?なのでしょうか?

 

 

■ 井筒親方プロフィール

本名
福薗 好昭
読み
ふくぞの よしあき
生年月日
1961年6月18日
仕事
元井筒親方
出身地
鹿児島県
所属事務所
元井筒部屋
血液型
A型

 

 

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