元レスラーハーリーレイス死去!肺がん合併症が原因?関係者の追悼の声

 

元米プロレスラーで「ミスターNWA」として日本人プロレスファンからも親しまれていた
「ハーリー・レイス」氏が2019年8月1日に「肺がん」からの合併症でお亡くなりに
なられたことが分かりました。

享年76歳でした。

 

引用元【ツイッター(さとしさんはデコノフ)】

 

「肺がん」からの合併症とのことなので、たぶん「がん細胞」が多臓器へ転移し一命を
取り戻せない状況へ陥ったのでしょう。

私も知らなかったのですが今年(2019年)3月に「肺がん」を患っていることを発表し
同年7月に開催されたイベントに出席したものの「体調不良」のため途中退場し病院へ
行ったところ病状が悪化しているとして緊急入院をされたそうです。

私の中での「ハーリー・レイス」氏と言えば「ほぼ現役を退く」年齢だったので、長く日本での
活躍は知りませんが「受け身技術」は世界レベルと評価されており、見せるプロレス・・・
つまり「エンターテインメント・プロレス」を築き上げた一人者だと思っています。

「殴る蹴る」だけではなく「受る守る」技術を披露し、日本人が古来から好んでいる「柔」を
重視したプロレスで日本人プロレスファンから親しまれておりました(私も含め)

なので、この度の「朗報」は非常に残念だし特に現日本プロレス団体の「ノア」との関係も
深いはずなので、同団体からも「追悼」されていると思われます。

ハーリー・レイス氏が「ミスタープロレス」と呼ばれるようになったのは1973年に日本でも
「ザ・ファンクス」として有名だった「ドリー・ファンク・ジュニア」を倒しNWA世界ヘビー級
王座に輝いた頃からでした。

プロレスデビューを果たしのは「15歳」頃からと伝えられていますので世界的プロレスラーに
成長するまで相当な「プロレス道」を歩んで来たはずです。

ハーリー・レイス氏がNWA世界ヘビー級王座に君臨していた頃の日本では、今は亡き16文
キックで超有名だった「ジャイアント馬場」氏が全盛期で、確かハーリー・レイス氏から
NWA世界ヘビー級タイトルを奪ったことがあったと記憶しています。

しかし長きに渡ってNWA世界ヘビー級王座に君臨していたことから「タイトル」の顔として
更にチャンピオンの証でもある「ベルト」を長く保持していたことから、そのベルトの愛称が
「レイス・モデル」として全世界のプロレスファンから呼ばれていました。

1973年頃からは日本へと活動場所を移し「全日本プロレス」のリングへ「特別扱い」での
参戦が許され、当時売り出し中だった「ジャンボ鶴田」氏やベテランの「ジャイアント馬場」氏
更に「アントニオ猪木」氏との熱戦を繰り広げ、日本のプロレスファンを熱く盛り上げて
いました。

既に日本で活動していた外国人レスラーの「アブドーラ・ザ・ブッチャー」や「ミル・マス
カラス」との対戦では、アメリカ人特有の「豪快な技」を披露し、プロレス歴史の浅い日本人
ファンを「魅了」したものです。

その後1995年頃にプロレス人生の幕を閉じ、出身地である「ミズーリ州エルドン」に戻り
「レスリング・アカデミー」を開業し若手プロレスラーの育成に貢献して行きます。

また当時「マイナーリーグ」だったWLW(ワールド・リーグ・レスリング)を立ち上げ、
プロレス界の発展とレスラー増加に積極的に取り組んでいたそうです。

「WLW」は日本のプロレス団体「ノア」と友好関係にあったので、2010年にノアが
主催しているタイトル「GHC」の管理委員長に就任しています。

さらに日本人プロレスラーで当時「絶対王者」の愛称で人気を博していた「小橋建太」氏との
交流も深く「ミスター・プロレス」の名を小橋氏に譲る!等と伝え大きな話題を呼んでいました。

2004年にはプロレス界の発展に大きく貢献したとして「WWE殿堂」入りを果たします。

その後も日本や地元アメリカの「プロレス界」の発展に尽力し、度々日本へも訪れていましたが、
2019年8月に「肺がん」が原因で病死されました。

 

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◇ ハーリー・レイス氏を悲しむ声

 

ハーリー・レイス氏が主宰して立ち上げた「WLW」と親交が深い日本プロレス団体「ノア」で
直接ハーリー・レイス氏と関係があったレスラーから次々「哀悼の言葉」が送られています。

 

引用元【ツイッター(丸藤 正道)】

 

 

 

 

 

■ ハーリー・レイスプロフィール

本名
ハーリー・レイス
読み
Harley Leland Race
生年月日
1943年4月11日
仕事
元プロレスラー
出身地
アメリカ・ミズーリ州クイットマン
所属事務所
元WLW
血液型
—型

 

 

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