原良馬氏病気のため死去!ウイニング競馬で倒れる?俳優だった!経歴は?

 

競馬ファンなら誰もが知っている「ウイニング競馬」でお馴染みだった「原良馬」氏が
病気のため死去されたことが分かり話題になっています。

享年85歳でした。

 

引用元【ツイッター(ミサイルマン)】

 

2019年7月24日、午前7時46分に千葉県浦安市にある「自宅」にて最後を迎えた
そうです。

原良馬氏は「競馬記者」として活躍しておられましたが、2010年頃からはメディアでお姿を
見かけることが無くなり「体調不良」のため病院に通院しながら療養生活を行っていたそうです

見た目が優しそうで物腰が柔らかく親しみやすいお人柄でたくさんの競馬愛好家から好かれて
いました。

私が原良馬氏を知ったのはテレビ東京系列で放送されている「ウイニング競馬」でして、
名前に「馬」がついていることから「相当馬が好きなんだな!」と思ったことから原良馬という
人物や名前を覚えました。

しかし後に知ったのですが「原良馬」はペンネームで本名は「萩原昴」氏であったそうで、
それを知った時は「唖然!」と共に「ガク!」と首を曲げたことを今でも記憶しております笑;

ただ実際は「競馬ジャーナリスト」としてご活躍されていたので、やはり「馬」に
関連していることから「原良馬」と命名したのでしょう。

メディア報道によると、お亡くなりになられた詳しい情報は分かっておりませんが千葉県の
ご自宅で早い時間にお亡くなりになれたとのことなので、きっと家族に見守られながら
旅経たれたと思います。

ただ「病気」が原因とだけ伝えられているのが、ちょっと気になるところですが安らかに
お亡くなりになられたのでしょうか?

現役時代はトークイベント「良馬が行く」で全国各地を回っておられたのですが、その当時から
病気気味で「病」と闘いながら全国の競馬ファンと交流し競馬界の発展に貢献されていました。

その功績は2018年にJRAから認められJRA賞馬事文化賞で「功労賞」を受賞されました。

原良馬氏は「群馬県」出身なのですが育ちは「東京都」で、通っていた高校は東京板橋区にある
「東京都立北園高校」のようです。

当時は都内でも屈指の「進学校」と呼ばれており、たくさんの「部活」がある高校です。

高校卒業後は東京都港区にある「慶応義塾大学」へ入学し学業と共に「俳優」を目指して
いたそうです。

しかし大学は中退したらしく元から好きだった「俳優業」を目指すため、東京都港区にある
「俳優座」へ6期生として入所したそうです。

当時の同期にはなんと!名女優でお馴染み「市原悦子」さんや「ドラえもん」の声で漫画界を
一世風靡した「大山のぶ代」さんがいるそうです。

なのでこの「俳優座」が生み出した俳優達は今でもご活躍されている現役俳優が沢山居るので
いかに当時から「レベル」が高かった「劇団」であったか!が理解できます。

 

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◇ 原良馬氏の経歴は?

 

原良馬氏は今では「競馬評論家」としてご活躍され「馬」のイメージが大きい人物でしたが実は、
若い頃から「俳優業」に従事ていた経験があり「俳優人」として活動していた時期があります。

学生時代は「慶応義塾大学」に通っていたのですが「俳優」好きが高じて途中で中退をし、
東京都港区にある「俳優座」へ6期生として入所しています。

その後は俳優座で「俳優人」としてご活躍されていたのですが、理由は分かりませんが数年後に
劇団から「退所」しています。

退所後は「フリーライター」に転向し出版社に勤めたり雑誌社に記事を提供していたそうです。

フリーライターとしての自信を得た後、現「読売新聞」で同じの前「週刊読売」に記者として
入社したそうです。

日本競馬と言えば「有馬記念」が有名ですが、当時も大人気のレースだったらしく、その取材で
会場に出向き「特集記事」を任されたことがきっかけで競馬に興味を持ち初め、
今の競馬ジャーナリスト「原良馬」が誕生したのです。

そのため、当時から競馬記事に好評を得ていた「デイリースポーツ」の東京本社へと移社し
「競馬記者」としての人生を本格的に歩み始めました。

元々「俳優人」としての人生が長かったので「物書き」になるのに相当なご苦労があったと
思われいますが、様々な「紆余曲折」を得て会社を代表する記者へと成長したそうです。

その経験を基に「デイリースポーツ」を退社し、主に競馬番組をメインに出演するようになり
今に至っておりました。

 

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◇ 原良馬氏がウイニング競馬で倒れた?

 

原良馬氏は2000年から東京テレビ系列で放送が始まった「ウイニング競馬」へ解説者として
レギュラー出演されておられましたが、MCを担当していたお笑いトリオ「ジャングル
ポケット」の斎藤氏が、タイトルコールと共に「手銃」で原良馬氏を狙い撃ちした際、
突如テーブルの上に倒れ込みしばらく復帰しなかったことで、その演技にリアル感を感じた
視聴者から話題になったものです。

当時原良馬氏は結構なご年齢だったので、たとえ冗談の演技だと周りで分かっていたものの
あまりにもリアルな演技、しかもしばらく起き上がってこなかった事からスタジオ内が一時
ザワついていました。

「手銃」を放ったご本人の「ジャングルポケット」斎藤氏も相当焦ったのか?顔がひきついて
いる様子がテレビで放送されていました。

さすが「元俳優」!と言う方は少なく・・・原良馬氏がまさか昔「俳優人」であったことを
知る物は誰一人おりませんでしたので・・・?

その場面を見た競馬ファンからは「お茶目な一面」が見れたと好評だったそうです。

私は生で視ていたので、今思えば貴重なシーンが観れたな!と今になって思います。

どうぞご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

■ 原良馬プロフィール

本名
萩原 昴
読み
はぎわら のぼる
生年月日
1933年10月25日
仕事
元競馬ジャーナリスト
出身地
群馬県
所属事務所
元デイリースポーツ社
血液型
?型

 

 

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投稿日: 2019年7月24日 カテゴリー: 原良馬